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高橋良輔インタビューその1

Q『FLAG』というアニメ作品はどういった経緯で出てきた企画なのですか?
高橋アニプレックスの植田さんから、年齢層の高い人が見られるようなロボットものが企画できないかという相談がありまして。そういうものを沢山作ってきたし、自分の専門分野みたいなものですよね。「(ロボットものは)出来ますよ」と。ただ、僕の中ではロボットものをやりたいという気持ちと、カメラマンを主人公にしてやりたいという思いがあったんですね。それとジョイントする形で作品を企画していいかと、プロデューサーにお願いしたら、「それでいいですよ」ということになりました。僕の作品は比較的、男性は出てくるけど、女性の出演は少ない。プロデューサーから「女性を出したら?」って聞かれて、「いや女性は主人公ですから!」と言っちゃった手前、そのまま「主人公は女性」「カメラマン」というような出発をしました。冗談半分、女性がカメラマンになった場合の物語の絡み方の良し悪しなどの話をしていました。カメラマンを主人公にしたいと思ったのは10年ぐらい前からなんです。仲間と一緒に小説を書いて、知り合いの出版社に出してもらったことがあるんです。その時の主人公が、今回の隠れた主人公、赤城圭一です。彼は30代後半という年齢層。その赤城圭一の撮った写真に触発されてカメラマンになろうとしている若い女性、というような主人公像です。その主人公が活躍できる場はどういうところか……。それは現実世界の中にはすごくあるんですが、ロボットが現実世界には、まだなじまない……。そういうことから、架空の小さい国を設定しました。でも、その国は想像すれば地球上のこの辺にあるだろうな、という中央アジアの幾つかの国をアレンジしました。その架空の国が、今の世の中で戦争が起きるとすると、こういう原因でこういう戦争がおくるんじゃないかということを一づつ考えながら、紛争のある時期に隠れた主人公赤城が、そして彼に触発された女性が戦場に行って、たまたま決定的な写真を撮る。そういう写真を撮ったことによって、それが女性カメラマンの物語上の入り口になって……そういうような事を考えています。

Qそのロボットについて少し伺えますか?
高橋ロボットものというジャンルは長くやってきましたが、想像力が乏しいせいか、スーパーロボットものがなかなか出来ない。ロボットを物語の中で動かしていく時に、今あるものとどのくらい機能をだぶらせるかを考えます。現状で働いているロボットで機動力のあるもの、身近では自動車とか……戦場では装甲車とか戦車とか、もちろんもっと大きい戦艦とか爆撃機とかありますが、そういったものは個人の主人公が乗りにくいものですから、小さいものを……と。個人の力が自由になるということで自動車から戦車まで、というのが自分のロボットの守備範囲です。今まで作ってきたロボットものの、4メートル前後というものをそのまま採用して、この物語の雰囲気に合うデザインを宮武さんにお願いしました。今までのものより、戦術兵器としての色合いが強いものになってます。

Qこの『FLAG』というアニメの特徴をお教えいただけますか?
高橋演出の方法論だと思うんです。カメラマンが主人公です。それで、そのカメラマンがファッションを撮るようなカメラマンではなく、戦場でかなり過酷な戦場の写真を撮るジャーナリスティックなカメラマンということで、架空の戦場でカメラマンが戦場に行くと……。普通であれば、「過酷な状況に追い込まれても写真を撮りました」ということを第三者カメラによってドラマが構成されていくと思うんです。でも今回は、そのカメラマンが撮ったムービーであり、スチールであり、それを再編集して物語を構成するっていう方法論だったんですね。ですから、そこらあたりが非常に肌合いの違うものになっていると思う。一言で言えば、ドキュメンタリーに近い肌合いの画面づくりということが言えると思います。もちろんアニメーションですからドキュメンタリーということはあり得ません。……僕はプラモデルがない時代、自分で木を切り出して自分で模型を一から作るという世代です。プラモであろうが木から模型を作る時代であろうが、本物があって、自分の頭の中で再構築してそれを具体的な素材で作っていく……自分がこうじゃないか、と想像したものを作る。想像したものが具体化されたものにうまく反映されている。だから僕自身、アニメを作っているときに考えることは「すごく“らしい”じゃない!」ということが、僕がアニメーションをつくる時の楽しみになっています。ドキュメンタリーという、アニメーションではありえないことがアニメーションの中で作られて、「らしいよね!」「ドキュメンタリーってこうだよね」っていう楽しみが込められる。もしくはそこで表現されているといいな、そういう思いがあります。「作り物」をどのぐらい楽しめるか、作る側も楽しめる、見る側の楽しめる、そこが今回の『FLAG』を作る上での、かなりのエネルギーになっています。

Q主人公である白州冴子についての想いを伺えますか?
高橋今回の主人公が、自分が撮った写真がどんな風に社会に影響を及ぼしたり、写真が社会にとってよい効果を出すのか、なんの効果もないのか、「負」の何かを発生するのか、分からないんですよね。本人はあることに触発されて写真を撮る。でも撮った写真というのが一人歩きしてしまう。一人歩きした写真に対して、「自分で答えを出したい」という想いが、戦場で写真を撮るという持続した行為に繋がっていくんですね。戦争とカメラマン、もしくはカメラマンが撮った写真というのが、どういう関係にあるか、僕の中でも分からないんですね。例えばキャパ()という有名な写真家がいましたが、彼が本当に戦争を憎んでいたのか、逆に戦争が好きで戦争の側で写真を撮ることが好きだったのかもしれない……だとするとただの戦争オタクですよね。だけどキャパの撮った写真は戦争の悲惨さをいろんな人に伝えて、戦争が発生することに対する抑止力になるかもしれない。僕らはキャパが残した写真集とか発言とかを読むけど、キャパがどんな人だったかはよく分からない。カメラマンを含めたジャーナリストがベトナム戦争では70〜80人ぐらい亡くなっているんですね。それはジャーナリストとして認められていて死亡が確認されている人の数です。そういう人たちがどういう思いで戦場に行っているか、写真を作ったり記事を作ったりするのはどういうことなのか、よく分からないんですね。自分が戦場で取材して結果が出ることによってカメラマンとして世に出るという望みっていうのもあると思うのです。それはカメラマンとしての野心です。戦場でなければ自分の名を売っていくということは健康的な事ですが、戦場においてはそれは一つの悲劇で、それを写し取って有名になったり、それで生活することを何も恥じずにいられる、自分の活動によって戦争が世の中に知られるようになっていく……それがいいことなのか、悪いことなのか、胸を張って言えるのか、言えないのか、これもよく分からない。だけど僕にとって戦地にいるジャーナリストたちというのはすごく魅力的に写るんですね。戦場に行った人がTVに出て語っていたりするのを見ますが、(いいことなのか悪いことなのか)聞いても聞いても分からない。でも魅力だけは残る。その魅力というものを『FLAG』というアニメーションを作ることによって、ひょっとしたら魅力以上のことが分かってくるのかな、そういう楽しみはありますね。

Q監督の過去に関わった作品と比較して『FLAG』はどのような位置づけにありますか?
高橋僕自身は、いつも「こういうことを発言したい」というテーマがあるわけじゃないんですね。ナチュラルに絵描きであるとか、生まれたままの詩人でもないんです。そうは言っても、40年もアニメーションを作ることに関わっているので、良くも悪くも作り手ではあると思っています。自分の文章そのものが私であるとか、そういうオリジナルな表現者、作り手だとは思っていません。オリジナルのアニメーションは結果が分かりにくいところがありますから、例えば小説にしろ漫画にしろ、アニメーションになる前にある程度のヒットが出ていれば、アニメーションにしたときの数字(視聴率や販売本数)が大体は分かりますが……。僕としてはアニメーションの枠が、ちょっとでも広がればいいと思っています。『FLAG』の中で試みている「ドキュメンタリーのような」味わいというものが魅力的であるとすれば、どなたかがまた「ああいう作品を作ってみたい」と、そう思わせることが出来て、その中から一つでもヒットが出ればそういう方法論や表現が定着していくと思うんです。20年ぐらい監督という立場で仕事をしているのですが、現場の想いを最終的には自分でまとめあげるという仕事ですから、僕の個性が出やすいんですね。今まで作ってきた作品というのは「高橋良輔らしいね」と言われてきたのですが、実は過去の作品にも「こういう表現もアニメーションになじむんだ」とか、そういう新しい試みを自分の中でもっています。天然物じゃない人が何か答えをだす時の一つの方法論だと思っています。自分で仕掛けを作って、それを全うすることによって何かがこじ開けられるとか、そういうことを期待しています。

Qこれから『FLAG』をみる視聴者にコメントをお願いします。
高橋一言でいうと、“カカオの含有率が高いチョコレート”のようなアニメーションになっています。食いつきは悪いと思いますが、見続けていただけるとなかなか味があるな、と思って頂けるように今がんばってますので、ぜひ『FLAG』を目にしたり耳にしたら、最後まで付き合って頂ければと思っています。宜しくお願いします。


※:ロバート・キャパ(1913〜1954)
本名エンドレ・(エルネー)・フリードマン。ブダペスト生まれの20世紀の代表的な報道カメラマン。1936年7月のスペイン内戦勃発と共に従軍し、9月にコルドバで「崩れ落ちる兵士」を撮影した。以後、日中戦争、第二次世界大戦のヨーロッパ戦線、第一次中東戦争、第一次インドシナ戦争など幾つもの戦争を取材した。1954年4月、「ライフ」誌からの取材以来によりインドシナ戦争中のベトナムに渡り、そして1954年5月25日、ドアイタンという陣地に向かい、そのドアイタンから1キロほど離れた小川の堤防で地雷を踏み死亡した。

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