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FLAG外伝 第1章 /野崎 透
2.戦いと報道(4)

 ファインダーの中に映し出された解放軍兵士達は、例外なくスポーツサングラスをかけていた。もちろん、沙漠に負けない強い陽射しに曝(さら)される高原の地では、当然の配慮なのかもしれない。しかし赤城は、兵士達が単に強烈な陽射しを遮るためだけにサングラスを装着しているのではない事を知っていた。それは爆弾の破片や銃弾から目を守るためのものでもあったのだ。一般にはあまり知られていないが、戦場において最も危険なのは砲弾でも銃弾でもなく無数に飛び交う破片だった。頑丈なスポーツグラスはそうした危険な破片から目を守るシールドの役割を果たしていたのである。
 もちろん、薄いガラス一枚で防げる破片なんて高が知れていた。しかし、ほとんどの人間にとっては目は最も敏感な弱点であり、それがカバーされているかいないかは兵士の心理に与える安心感の上で大きな違いがある。ただ、例外なくサングラスを装着している兵士達の姿は、憎悪と反発の中に置き去りに去れた者達の恐怖をも感じさせずにはおかなかった。
 赤城はレンズを別の兵士に向けた。サングラスの陰で表情は見えないが、防弾チョッキで着膨れた身体が微かな物音にビクッと反応するのが分かる。まるで草原の草食動物だ。
 “いや、逆か……”、赤城は心の中で呟いた。中世さながらの暮しが息づく高原の古都に、場違いな大砲を抱えて踏み込んで来たのはあの兵士達の方だ。もし動物に例えるなら、狼か、狐か、何れにしても肉食動物の方がずっと相応しい。それが、逆に餌となるはずの草食動物の反撃に怯えているのだ。
 ふと赤城の脳裏に、いつか見たアラスカの写真が蘇ってきた。それは、カリブーの群れに襲い掛かる狼の姿を写したものだった。しかし、肉食動物の獰猛さも精悍さもそこには無かった。狼の目に浮かんでいたのは、ただ戸惑いと恐怖だった。
 一般的なイメージと異なり、肉食獣が大型草食動物を正面から襲う事はほとんどない。いくら草食と言っても、野生の動物はやはり気が荒く、狩りには大きな危険が伴うからである。そこで普通は、ひたすら群の跡を追い続け、弱ったり怪我をしたりして脱落する者が出てくるのを待って襲い掛かるのである。
 しかし、よほど餓えていたのか、その狼は移動中の群れに飛び込み、まだ元気なカリブーに襲い掛かってしまったのだろう。もちろん無謀な行動だった。身体の大きさと力で遥かに上回るカリブー達は、怯むどころか逆に狼を取り囲み、角を突き立てて威嚇してきたのである。写真はまさにその瞬間を写したものだった。
 自分を取り囲む圧倒的な憎悪に対する戸惑い……記憶の中でファインダーの中の兵士達と狼の姿が繋がる。しかし、全てが同じではなかった。草原に繰り広げられていたのは、生きるための壮絶な戦いだった。ところが、この街の中で行われているのは、個々の人間とは全く関係の無い、どこか遠い所で誰かが勝手に始めた、ただの殺し合いだった。
 赤城は思った。恐らくあの兵士達のほとんどは、ここで繰り広げられている戦いにどんな意味があるのか正確には知らないのだろう。ただ、命令されるまま見知らぬ土地へやって来て、目に見えない憎悪の真只中に放り込まれる。どこに出口があるのかも分からなければ、何故自分がこんなに憎まれるのかも分からない。一つだけはっきりしているのは、毎日どこかで爆弾が爆発し、仲間の兵士が一人、また一人とボロボロの断片になっていく事だけだった。
 頭の中を鑢(やすり)で削られる様な緊張の日々。フェインダーを覗く赤城の目にも、兵士達が日を追って反応が敏感になっていくのが分かった。ところが、そんな兵士達の精神的な疲弊に対し、中国政府は全く動こうともしない。少なくとも3ヶ月単位で兵士を交替させねばならないはずなのに、既に侵攻から半年が経とうとしている今になっても、まだ最初の部隊がそのまま首都の警戒に就いているのだ。
 “ヤバイな……”、そんな呟きが頭の中を過(よぎ)る。このままでは、あの兵士達は壊れてしまう。そうなると、後は暴走だ。
 そして、赤城がスバシで取材を始めてから3ヶ月、解放軍がこの街に侵攻して来てから数えてちょうど180日目に当たる区切りの日に、その懸念は現実のものとなる。
 武装勢力が大規模な攻勢を計画しているという偽情報に過剰に反応した解放軍が一般住民の居住区を攻撃し、50人を超える死者を出すという惨劇を起こしたのである。
 しかし、この事件に対する中国政府の反応は、あくまでも形式的なものでしかなかった。「本日午後、ウディヤーナに駐留している解放軍は極秘の情報に基づいてテロ組織の拠点を攻撃、数十名のテロ容疑者を殺害しました。一部民間人にも犠牲者が出た模様ですが、その人数はごく僅かと思われます」——それが中国政府の発表した全てだった。
 だが、赤城達はそれが全くの出鱈目である事を知っていた。事件後すぐに現場に駆け付けたジャーナリストは、解放軍が必死に攻撃跡を探索しているのを目撃していた。ところが、瓦礫の中から発見されたのはせいぜい玩具の鉄砲くらいで、解放軍が自らの行動の正当性を示す根拠としていた大量の銃器は一切発見されなかった。それだけではない。死体置き場に放置されていた犠牲者の半分以上は、女性と子供だったのである。
 しかし、それらのスクープが世界へ配信される事はなかった。解放軍が自粛という名目で報道を全面的に禁止すると同時に、積極的に取材活動を展開していたジャーナリスト達を一斉に拘束するという暴挙にも出たのである。
 あまりに露骨で稚拙な隠蔽行為だった。しかしこの暴挙に対し、国連はごく短い非難声明を出しただけで、制裁が議題に上がる事は無かった。力による抑え込みは成功するかに見えた。
 だが、現地で住民の憎悪と直接対峙しなければならない兵士達にとっては、そのどれもが自分達とは何の関係も無い遠い世界の出来事に過ぎなかった。テロ攻撃は一層激しさを増し、さらにそれまで治安活動に対して比較的従順だった一部の市民までもが反抗的な態度を露わにし始めたからである。
 一度壊れた兵士達の自制心は、そうした事態に対してもはや何の抵抗力も持っていなかった。解放軍は一般民衆の反発を買う事も省みずに検問を強化し、さらに外出禁止令を始めとする抑圧政策を実行に移したのである。
 負の連鎖の始まりだった。血管を押さえ付けられ、スバシの市民生活は目に見えて窮乏の度を強めていった。
 赤城の心を暗澹(あんたん)とした予感が覆う。しかし、その声はほとんど外の世界に届かない。焦燥が胸を締め付けた。


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